上場企業の4分の1以上が統合報告書を発行し、中小型株企業にも広がっています。背景には投資家との双方向対話の要請や人的資本開示、ESG投資拡大などがあります。統合報告書は6つの資本をどう活用し価値を創造し、社会や地球の未来に貢献するかを示す「企業の物語」。信頼と共感を生み、自社の発展へつなぐための戦略的組み立て作業です。
今回のテーマ:統合報告書を発行する意義・目的を考えてみる
統合報告書の発行増は歓迎すべきもの
上場企業約4,000社に対し、1,000社を超える企業が統合報告書を発行するまでになっています。そして、東証や政府からの「株主・投資家とのさらなる対話充実への求め」や「人的資本活用に関する説明ニーズの高まり」なども背景に、統合報告書の新規発行をする企業がさらに増えることが予想されます。
新たに発行を考える企業は、中小型株企業のケースが多く、10年になるような発行経験を積み社内の厚い編集体制の上でノウハウを蓄積している大企業に比べると、編集に割けるリソースは総じて限られ、制作の負担と完成後の出来栄えとのバランスに苦慮することも多いのではないでしょうか。
とは言え、発行数が増え、株式市場における企業理解の助けとなることは歓迎すべきことであり、企業にとっても編集を通じ自社を見つめ直すことで次の飛躍を考える機会となるのであれば、苦労して発行する甲斐があるというものです。そしてそうした流れが、日本経済の活性化につながることになればさらに素晴らしいことです。
では、なぜ統合報告書を発行するのでしょうか?同業他社や多くの企業が作成しているから?これまでのアニュアルレポートやCSRレポートを1冊にまとめられるし高次元の企業紹介になるから?経営陣が出せと言ったから?
きっかけは様々と思いますが、発行の意義、目的とは何でしょうか?資本市場に対する情報発信の強化、自社の企業価値の説明、ESG関連の取り組みへの理解醸成など、答えは一つではないと思います。企業で編集発行に携わってきた経験から本質を考えてみたいと思います。
企業活動は価値の創出による社会への貢献
そもそも企業は誰のためにあり、企業活動とは何かといったことを考えた場合、「企業は社会のために存在し、企業活動は世の中の様々な資源を使い、価値を創出提供することで世の中に貢献することである」というのが、ここ10年~15年の最もしっくりくる説明だと思います。10年~15年、あるいは20年以上前は、企業は利潤追求のためにあり、オーナー即ち株主や創業者または債権者のものであるという論理がまかり通っていました。
それが大きく変わってきた背景には、次のような反省に立った考え方が浸透してきたことがあると思います。つまり、企業が社会的使命をしっかりとわきまえて活動を行わないと地球の有限な資源が濫用され先進国の一部の人たちが豊かさを享受するのみではないか。
統合報告書の原点とサステナビリティ
また、日本は失われた何十年という凋落の中で自信を失いグローバルな競争力の低下から抜け出せずにいるが、固有の良さ・強みを活かし本業を通じた社会への貢献を基に世界での存在感を回復すべきではないか。正に、こういった考え方が統合報告書の原点にあったと考えます。2005年の知的資産経営の開示ガイドラインから始まり、WICIやIIRCの活動とフレームワークにつながり、統合報告書の発行の太い流れとなりました。
そしてこの20年の間に、企業の社会的価値の再考が進み、東証や経産省、金融庁によるガバナンス改革や、貯蓄から投資の振興とそのためのSSコード、CGコードの求め、グローバルにはPRI(国連責任投資原則)への署名機関増大やESG投資の拡大、SDGsの活動の浸透、ステークホルダー資本主義への考え方の変化等々へとつながってきました。
とりもなおさず社会を構成しているそれぞれが自身の立場、領域・範疇において社会課題解決と将来への変革に向け、考え、行動することが求められる時代になってきたということ。それは広い意味でのサステナビリティ、つまりコミュニティ、企業、地球のサステナビリティに責任を持つということだと思います。
そして、企業における統合報告書発行の意義・目的の原点は、企業がどのような有限資源を使い、価値を創造し、社会への貢献を果たしているかをしっかりと説明することが、企業そのもののサステナビリティと地球のサステナビリティの両立につながるということだと考えます。私が所属していた会社のステークホルダーは、顧客、取引先、従業員、地域社会、株主・投資家、そして次世代としていました。この次世代というのが地球のサステナビリティと同義だと考えています。
統合報告書の読者対象は第一義的には投資家向けという考え方が一般的と思います。それは企業のサステナビリティを念頭においた場合、回収保証の無いリスクキャピタルを提供してくれる投資家すなわち資本市場の理解と応援が企業活動の根源であり、発展を支えてくれるものだからではないでしょうか。そして投資家・株主も、地球のサステナビリティに責任を持ち、故にPRIやSSコードによって投資判断に対するアカウンタビリティを求められているのだと理解します。
企業の発展プロセスと進化の姿を表現するのが統合報告書の核心
企業は発展しなくてはならないというのが個人的持論です。発展とは、規模や量的拡大による成長ではなく、価値創造に基づく貢献を通じた発展、つまり企業の持つ強み、リソース、基盤を活かし事業内容が変わっていくことも含め、世の中への価値提供の形が進化することといっても良いと思います。
そこで大切なことが、どのような社会的資源つまり価値創造プロセスの6キャピタルをどう使い、どのようなビジネスモデルによって、ポジティブ・ネガティブ両面のどんなOUTPUTがあり、その結果どのような成果OUTCOME、そして価値の提供につながっていくのかを見える化し、説明することであり、企業発展を目指すプロセス、進化の姿を表現することが統合報告書で求められていることの核心ではないでしょうか。
企業と地球のサステナビリティ両立のための同期化
それは正に企業のサステナビリティに関する説明そのものだと思います。そして、それらを説明するために、企業の生い立ち・歴史、大切にしていること即ちミッション・ビジョン・パーパスといった存在意義に関する考え方や優先取組み課題としてのマテリアリティ、さらに経営者の将来に向けた構想力や目指す姿実現のための方法論、その前提となる経営哲学といったものを自分の言葉で語ることの重要性が問われてくるのだと考えます。
また、企業が発展を目指すためには各ステークホルダーの理解と協力が大前提であり、かつステークホルダーのためイコール社会のため、社会への貢献という関係性を表現することの重要性につながってくるのではないでしょうか。それは企業のサステナビリティと社会のサステナビリティ(地球と言い換えても良いと思いますが)の両立のための“同期化”を目指すことが企業活動の目的であり、E(環境)やS(社会)に関する統合報告書の記載も、その取組みを表現することで実相と課題の理解を図るためと考えます。また、G(ガバナンス)について、“洗練されたリスクテイクを続けていくための仕組み”と表現した有識者がいましたが、企業の発展には当然リスクテイクが必要となります。それを可能たらしめきちんと管理できているかを示すことが要点と考えます。
統合報告書発行の意義・目的
話が各論に入ってきてしまいましたが、統合報告書発行の意義・目的は、企業のサステナビリティ(発展)の総体と、地球のサステナビリティとの同期化とをステークホルダーとの関係性、さらに自らの活動と目指す方向、それを実現する方法について見える化し、外部に分かりやすく開示する組み立て作業にこそあるのではないでしょうか。従って、必ずしもフレームワークありきではなくても良いでしょうし、自社の特長を社内でレビューし表現することにこそあるのではないかと考えます。そしてその作業の結果が外部へ刺さる訴求につながるのだと思います。(了)
内田 泰(うちだやすし)
元機械・自動車部品メーカー IR・CSR室長
計3カ国15年の海外駐在後、2006年からIR・CSR部門の実務責任者を15年間担当
2016年に初の統合報告書を発行
WICI統合リポートアウォード 優秀企業賞(2016~2018)、優秀企業大賞(2019)
日本IR協議会 IR優良企業賞(2016)
Institutional Investors誌 Machinery部門 IR Professional 上位選出多数