初めての統合報告書で、すべてのページを完璧に仕上げる必要はありません。大切なのは、自社の方向性や強み、そして課題を的確に伝える4つの核となるコンテンツ――トップメッセージ、社外取締役コメント、事業概要と競争力、そして長期目標・将来像――です。これらの柱をしっかり作り込むことで、統合報告書に存在感と信頼が生まれ、読者の心に響く媒体に近づくことができるでしょう。
前回のおさらい:まず固めるべき3つのポイント
前回、「統合報告書を初めて発行する企業が最初に固めるべきこと」と題し、
1.想定読者の特定と完成度レベルの目標設定
2.社内制作体制づくり
3.経営トップの関わり方・考え方の確認
の3つの重要性について述べました。
今回は、コンテンツ・記事として第1号からでもしっかり注力して作り込むべきページについて考えていきたいと思います。
今回のテーマ:統合報告書の第1号から注力すべきページ
前回の内容の中で、主たる想定読者が違えば記事の重点の置き方も変わってくるとコメントしましたが、想定読者が誰であっても作り込むべきページ、注力すべきコンテンツがいくつかあると考えています。それらをあえて絞って挙げさせて頂きます。
統合報告書で作りこむべきページ 4選
1.トップメッセージ
2.社外取締役のコメント
3.事業概要・ビジネスモデルと競争力・市場ポジション
4.長期目標・将来像
もちろん読者により関心あるテーマは多様で、知りたい内容も異なっているでしょうが、上記4つのコンテンツの中で、その企業の特長と伝えたいことをしっかり表現し、他社の統合報告書との差別化を図ることはひとつのやり方だと考えます。
特に初めて統合報告書を発行する会社にとって、すべてのページに注力することは負担も大きく、いきおい内容を深める以上に完成することに力点が移ってしまい、苦労の割に出来栄えは平均点というケースは多いのではないでしょうか。
逆に4つに絞って内容を工夫することで、統合報告書に求められる要素をカバーすることも可能だと思います。
経営トップの考えを示す「トップメッセージ」
作り込むべきページの1番は、やはりトップメッセージだと思います。
読者は統合報告書を通じその会社の姿を様々の視点から知りたいと思う訳ですが、その中でも経営トップが語る内容は“人となり”を示すものであると同時に、何を経営上目指し、短・中・長期の施策をどういう考え方で進めていくのか、その企業の方向性を最も知り得るコンテンツになります。
トップメッセージのページで、企業のミッションやビジョン、大切にする自社の存在価値も語れますし、本業の事業戦略や長期的な時間軸での将来像、あるいは企業価値向上に向けての資本配分や財務政策、環境面での優先施策、人的資本活用の観点での人材戦略などなど経営者が重要と考えるテーマを自由に示すことが出来ます。
ただし、ここで大切なことは経営者自身が自分の言葉で語ることと、掲載すべき内容と論旨をしっかりと整理しメッセージを明確化することの2点と考えます。
多くの企業でトップのコメントを実務担当者あるいは制作支援会社がまとめるというやり方をしているケースは多いと思いますが、代筆した記事は確実に読者に分かります。トップが必ず自身で執筆している会社も一部にあり、可能であればそれに越したことはありませんが、なかなか実践できないのも現実と思います。
しかしながら、仮にインタビュー・ベースで編集するとしても、トップが伝えたいと考える内容がしっかりと自分の言葉で語られている紙面づくりをすることは必須です。
そのためには、語るべき事項の柱・骨子をトップと共に取捨選択し、その企業が今最も伝えたい内容がきちんと経営者の言葉で示されるよう準備と内容固めをすることが大切と考えます。
ガバナンスの信頼性を伝える「社外取締役コメント」
次に、社外取締役によるコメントのページです。2010年代半ばからのガバナンス改革の流れの中で社外取締役の存在が広がり、その役割と責務への期待が高まっています。
一方、社外取締役の人材不足も言われ、本当に機能しているのか疑問の声があるのも事実です。社外取締役は、当該企業の経営に関し独立した立場で外部からの監督と助言を行うことと、ステークホルダーの意見の代弁者であることが求められます。
その企業の成長と発展に向けた可能性や戦略について客観的な評価に基づく意見を述べることが役割であり、時に執行サイドの取り組みや施策についてダメ出しをすることや代案の議論を主導する責務があります。
そういった意味において、その企業に関する課題認識の広さと深さが問われ、統合報告書でもその課題認識をしっかり伝えることが当該ページで最も期待されていることと考えます。
現状の統合報告書の社外取締役によるコメントページは、座談会方式にせよ、個人コメント形式にせよ、多くの場合取締役会が議論の場として上手く機能し、企業価値向上に向け前向きな役割を果たしているというような内容が多過ぎると感じます。
御用記事とまでは言わないまでも肯定的なコメント以上に、必ず存在する実際の課題について社外取締役の認識がもっとしっかりと書かれている方がむしろ建設的ではないでしょうか。
社外取締役に厳しいことをコメントしてくださいとお願いするのはハードルが高いと思いますが、あえて優先課題を指摘し掲載することが本来求められている内容と考えます。
事業の全体像と競争力を示す「ビジネスモデルと市場ポジション」
そして3番目のポイントは、事業概要・ビジネスモデルと競争力・市場ポジションについての記載です。B to Cの有名企業であれば事業内容や市場ポジションについて概要が知られているケースもありますが、多くの企業は主要な事業や製品・サービス、何が競争力の源泉で、市場でのポジションがどうなっているのか、そしてそこから考えられる事業の将来性、広がりに関し、きちんと理解されていないことが多いのではないでしょうか。
主要な読み手が誰であれ、その企業の行っている事業内容全体および“創出価値”と、各事業分野でのポジション・現状をしっかりと分かってもらうことは統合報告書の大前提です。
B to Bの企業や、ビジネスモデルが複雑、あるいはなじみの少ない企業の場合、社内では当たり前のことが外部に説明しきれず、結果として統合報告書の多くのページの内容が理解されないというケースは意外と多いと思います。
統合報告書で示すべき中心のひとつである価値創造プロセスの記載の前に、事業や製品・サービス、ビジネスそのものを正しく分かってもらうことが大事です。
そもそも価値創造プロセスのページで包括的に記載し理解してもらうのが本来でしょうが、実際はガイドラインに縛られて、事業についての説明が劣後した結果、価値創造プロセスが他社と区別できないような形となっているケースも少なくないと感じます。
また、競争力や市場ポジションについても、その企業の強みや特長、そして課題や取り組みの観点で、しっかりと考えられた記載があるべきと考えます。
将来像を描き示す「長期目標」
作り込むべきコンテンツに関する最後は、長期目標・将来像です。
企業の長期目標・将来像について記載するページの定型は特に決まっていませんが、統合報告書のいわゆる“自由演技”の最適コンテンツと思います。
前項の事業概要・ビジネスモデルの記事は、現在もしくは近未来の姿を念頭に置くのに対し、社会と企業のサステナビリティの同期化と価値向上に関する考え方や方向性を、目指す長期目標・将来像のストーリーとして書くことは本来統合報告書に最も期待されている内容ではないでしょうか。
コンテンツの性格から、トップメッセージやマテリアリティ、あるいはロジックツリーなども候補ページとなり得るかもしれませんが、定型的な示し方ではなく図を上手く使うなどしてインパクトのある分かりやすさ、メッセージ性に力点を置き、作り込むべきと思います。
目指す長期目標・将来像は、本来統合報告書の掲載のためではなく、自社の存在価値に関する議論に基づき、あるいは経営トップの考えとしてあるべきものでしょう。
注力すべきコンテンツとして挙げられても簡単ではないという反応が想像されますが、会社としての機関決定を経たものでなくても、経営トップの意思・思いとして示すことでも構わないと考えます。
要はその企業もしくは経営者が短期目線ではなく、長期的な視座で目指す方向を考え、外部に示すことに最大の意義があり、読者もその企業を見る上で大切な評価軸の一つとなると思います。(了)
内田 泰(うちだやすし)
元機械・自動車部品メーカー IR・CSR室長
計3カ国15年の海外駐在後、2006年からIR・CSR部門の実務責任者を15年間担当
2016年に初の統合報告書を発行
WICI統合リポートアウォード 優秀企業賞(2016~2018)、優秀企業大賞(2019)
日本IR協議会 IR優良企業賞(2016)
Institutional Investors誌 Machinery部門 IR Professional 上位選出多数