今回、統合報告書で力を入れるべきとても大切なコンテンツとして、事業モデル・事業セグメントについて触れます。
事業モデル(ビジネスモデル)は、統合報告書のフレームワークとして参照される価値創造プロセスにおいても、あるいは経営デザインシートにおいても中核要素であり、各企業の存在意義そのものを示す重要情報です。企業が創造する価値は、築き上げてきた強みや基盤を基に、事業活動を通じ社会に提供されるものであり、事業モデルは企業価値を生む源泉であると同時に、フレームワークで求められる各企業の特長と差別化要素を表わす最初の一歩と言えます。そして、現在および目指す将来の事業モデルについての外部理解と納得性の確保による企業活動への支持獲得は、統合報告書の目的のひとつでもあります。
一方、事業モデルやポートフォリオに関する真の理解と、それらを前提とした企業価値向上メカニズムへの期待をしっかり得られている企業は必ずしも多くないのではないでしょうか。短期業績の結果としてではなく、中長期的な課題として事業そのものの改革や入れ替えを求められるケースもあり、時にアクティビストからの改善要求や、市場評価としてのディスカウント対象となり得ます。また、特にB to Bビジネスが主たる事業である企業の中には、専門用語や社内言語が多用されていて事業内容や製品が一般には分かりにくく、外部読者への配慮が足りない事例も少なからずあります。
では、事業モデルやポートフォリオのページで何に留意したコンテンツを作れば良いのでしょうか。以下のポイントを踏まえ、記事の充実について考えてみたいと思います。
そもそも何の事業をやっていて、何故その事業なのか?
事業内容についての基礎情報
事業内容についての理解獲得が第一です。事業内容は、社内で思っている程外部からは分かってもらっていないと考えるべきです。同業他社と比較して類似製品にも各社それぞれの特長・強みの違いはあり、丁寧な説明が必要です。事業活動を通じ提供される製品やサービスに関し、まず次の内容は提示されるべき基礎情報と考えます。
- 製品・サービスの特長
- 顧客
- サプライチェーン
- 売上・利益規模
- 売上・利益構成(地域別、製品別等)
- 市場規模
- 市場地位
- 市場の成長性
- 競合他社
- 競争力の源泉(製品・サービスを支える強み)
- 複数事業がある場合の関連性・シナジー 等
創出価値についての丁寧な説明で解像度アップ
また、製品・サービスそのものだけでなく、どんな価値が提供されているのかをしっかり示すことも大切なポイントです。「価格は顧客が払うもの、価値は顧客が受けるもの」という言葉がありますが、価値の観点から事業説明をすることは企業の存在意義の根幹を示すことになります。一つの例ですが、自動車から提供される価値は、移動価値、所有価値、体感価値の3つと言われていました。顧客が支払っても良いと考える価格は、これら3つの価値のどこにどれだけ重きを置くか、重視する価値のバランスで決まってきます。そして、自動車メーカーの特長・戦略も一律ではなく、狙う規模と価格帯、目指す中心価値ゾーンの違いによって大きく異なってきます。つまり自社の中心的な創出価値と存在意義を結びつけて丁寧に説明することで事業についての解像度が上がるということです。
何故その事業なのかを示す
さらに、何故その事業を行っているのかについては、次項で述べる現状評価にもつながるポイントですが、企業価値創出の根本を示すことであり、リスクマネー提供者である投資家・株主にとっては、そこに納得性を得ることは企業分析と投資判断のスタートとなる必要条件です。創業時からの歴史的背景を有しているケースも多いでしょうし、強みを活かした周辺事業への進出や、事業ポートフォリオの入れ替え、新事業育成の結果による場合などもあると思います。いずれにせよ、その事業を行っていることが企業価値向上に資することの蓋然性を理由・背景と共に説明することは、製品や技術のレベルの高さや難しさを示すこと以上に大切です。
その事業の価値創造の特長と源泉が何で、現状評価はどうなのか?
創出価値の特長と源泉を価値創造プロセスとステークホルダーとの関係で説明
そして、その事業による創出価値の内容を説明することです。前項で触れた製品やサービスの中味と共に、それがどのような価値を生み、世の中の役に立っているのかを分かりやすく示すことは、製品・サービスそのものの説明に増して留意すべきと思います。類似の製品やサービスを扱っていても、もしかしたら提供する価値は異なっているかもしれません。先程の例で言えば、ある自動車メーカーの提供する価値はA地点からB地点への迅速かつスムーズな移動により重きを置き、また別の自動車メーカーは自動車を運転する喜びである体感価値を優先している場合もあり得ます。
その上で、どこから何によって価値が生み出されるのかを示すこと、言い換えれば、“自社であればこそ”の理由を6Capitalsの増減とステークホルダーとの関係によって説明することは非常に重要です。例えば、メーカーのケースで、原材料が自然資本由来、装置産業的な製造資本を使用し、労働力への依存も比較的大きく、現在技術革新の只中にあるような事業を行っているとしたら、財務資本や地域社会との関係も含め、正に6Capitals全体と顧客・取引先・従業員・工場立地地域といったステークホルダー、さらに資本市場と環境影響も含め、つまびらかにすることが求められます。さらに事業活動による創出価値が、各負荷的要素に対し、差し引きポジティブであることが事業継続の条件であり、ステークホルダーの納得・支持と社会の賛同を得なくてはいけません。
各事業の現状分析と評価
また、各事業が企業価値に現在どう寄与しているのか、今後どう高めていくのかを収益性と成長性の観点から示すことは必須です。財務資本提供者に対し、ROICやROEの現状と向上施策について、ロジックツリー等を活用し説明することで、資本市場の支持を獲得しなくてはなりません。その結果として、株価への反映があり、PERやPBRに現れる市場評価につながります。
最近の統合報告書の中には、各事業のSWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)を示しているものを散見しますがそれも一つの方法であり、あるいは市場成長率とマーケットシェアの関係によるポートフォリオ・マネジメント(花形・問題児・キャッシュカウ・負け犬)や、事業ライフサイクル(導入期・成長期・成熟期・衰退期)に則った説明を行うなど工夫を凝らすことは有用です。
要は、事業説明においてきちんと自己分析が出来ていてどう手を打っていくのかを示すことが、事業モデルのページの要諦だと考えます
各事業の創出価値は継続できるのか、マテリアリティの観点から事業変革の必要性は?
マテリアリティに基づく価値創造視点での事業の永続性判断を
最後に、事業の永続性(サステナビリティ)についてです。中には例外もそれなりにありますが、多くの製品・サービスには寿命があります。従って、事業のサステナビリティに関しきちんと自己分析し、事業として、あるいは企業として継続を図っていくのか否かは、最終的に最も大切な視点です。場合によっては、事業セグメントそのものを大きく入れ替えていくべきケースもあるでしょうし、事業セグメントはそのままであっても、主要な製品・サービスを刷新していくという考え方もあるでしょう。また、製品・サービスの成長は頭打ちとなっても、成熟期の中で残存者利益の占有の観点からM&Aによって市場シェアを拡大するという戦略もあるかもしれません。いずれにせよ、事業の将来について、認識・評価と施策を語ることは必要です。
その際に重要なことは、やはり価値創造の観点です。自社の存在意義はどこにあるのか、強みや競争力、リソースを基に、何の社会課題解決に関わっていくのか、事業を通じて提供する価値は何なのかが根幹です。企業としての理念・ミッション・パーパスを踏まえ、マテリアリティとして明確にした課題に対し、貢献していくことを大前提に、企業価値最大化に寄与する狙いで事業を位置付け、戦略設定していくことです。
アントレプレナーシップによる企業価値向上メカニズムを示そう
そのために、事業ポートフォリオ・マネジメントに関する柔軟なスタンスも必要であり、事業そのものや製品・サービスの果断な入れ替えも厭わず、アントレプレナーシップを発揮する経営マインドが求められます。自動車の例を挙げれば、既述の3つの価値や単なる陸上交通手段ではなく、CASE(コネクティビティ、自動運転、シェアリング、電動化)によって、人々の移動データ由来のライフスタイル提案や、移動中のエンターテイメント提供、モビリティ視点での実証実験都市、自動車の電源化など、新たな発想の価値提供を現実化するべく大きな変革の渦中にあります。本来、リスクマネー提供者は企業発展に期待し投資をする訳で、企業の持つリソースを活用し、イノベーションによる企業価値向上を伴走する立場です。企業は、社会課題解決のための価値創造を実現することを事業目標とし、その事業の発展を通じ企業価値を向上させるという構図に依拠しますが、そのメカニズムを示すことが事業ページのコンテンツの目的と考えます。
以上、全体を上手に構成することは決して簡単ではないと思いますが、事業の現状実態と企業価値視点での評価、さらに将来像を発展ストーリーとして示し、事業モデルのページが更にレベルアップしていくことを期待します。
(了)
内田 泰(うちだやすし)
元機械・自動車部品メーカー IR・CSR室長
計3カ国15年の海外駐在後、2006年からIR・CSR部門の実務責任者を15年間担当
2016年に初の統合報告書を発行
WICI統合リポートアウォード 優秀企業賞(2016~2018)、優秀企業大賞(2019)
日本IR協議会 IR優良企業賞(2016)
Institutional Investors誌 Machinery部門 IR Professional 上位選出多数

