統合報告書を初めて発行しようとする企業が最初に固めるべきこと

統合報告書を初めて発行する際の成功の鍵は3つです。想定読者と完成度の目標を明確にすること、投資家かマルチステークホルダーか、また目指すレベルによって、訴求ポイントや紙面は変わります。関係部門の巻き込み方、社内の制作体制固めも重要です。そして最も大切なのは経営トップの理解と本気度です。事前の準備固めをし、自社らしい統合報告書を目指しましょう。

目次

前回のおさらい:統合報告書を発行する意義・目的

前回、「統合報告書を発行する意義・目的は?」というタイトルで、ある意味ひとつの理想論を述べました。

企業にとっての“発展”を‘自社のサステナビリティと地球のサステナビリティの同期化’と位置づけ、その内容を外部に分かりやすく開示するための組み立て作業にこそ統合報告書発行の意義・目的があるのではないかとの見解でした。

そんな結論に対し、実務においては理想を振りかざされても困る、実際は経営陣の理解を得て、社内の関連部署の協力の下、冊子を完成させるだけでも大変だという声も聞こえてきそうです。

しかしながら、大きなコストを費やしリソースを使い統合報告書を発行したにも関わらず、社名を変えれば他社のものと区別がつかないという悲しい結果にならないようにすることはとても大切なのではないでしょうか。

今回のテーマ:統合報告書を発行する際にまず固めるべきこと

そういった意味で、特に統合報告書の新規発行を考える会社において、制作に携わる実務者が押さえるべき最初のポイントを考えてみました。全てのページで高いレベルの出来栄えを実現できればそれは理想ですが、メリハリの効いた光る記事を持つ特長的なレポートからスタートし、毎号ステップアップを図るというやり方もあると思います。

どちらにせよ初めの一歩が大切です。社内でしっかり方針を固めておくべきことと、第1号からでも注力して作り込むべきページに関し、私見を書きます。

今回は“社内固め”について、そして次回“注力すべきページ”に関して触れていきます。

最初に社内で固めるべきことは、

1.想定読者の特定と完成度レベルの目標設定
2.社内制作体制づくり
3.経営トップの関わり方・考え方の確認

の3つではないかと考えます。

読者は投資家・株主かマルチステークホルダーか?そして完成度目標も決めよう?

まず、統合報告書の想定読者と狙う完成度・出来栄えレベルについてです。

一般的に主たる想定読者は、投資家・株主と位置付けられているケースが多いと思いますが、一方で従業員や顧客、取引先そして新卒採用を念頭においた学生などマルチステークホルダーを考えている場合もあるのではないでしょうか。

もちろん想定読者を厳密には絞らずフレームワークに沿った形で編集するというやり方を否定するものではありませんが、特に初めて制作する場合、顔の分かる統合報告書を狙うには、対象を投資家とするかマルチステークホルダーとするか、きちんと明確化した方が力の入れどころがはっきりとしますし、各記事のメリハリもつけ易いと思います。

例を挙げると、投資家を主たる読者とするのであれば、企業価値向上のための事業戦略や資本政策など財務方針に関する記事や、リスクテイクを管理するという観点でのガバナンスについてしっかりと書いていく必要があるでしょうし、マルチステークホルダー向けを念頭に置くのであれば、ミッション・ビジョンから説き起こしたマテリアリティの特定や、地球温暖化ガス削減に代表される環境に係る取組みや、人的資本活用のための人材マネジメントや社員の顔が見える紙面づくりなど、重点の置き方も変わってきます。

そして、完成度の狙いも、数年以内にWICIや日経アワードの入賞を目指すような総合レベルの完成度を考えて制作を開始するのか、想定読者にリーチすることを最優先とし良い意味での独自性を重視するのかによって、大きな違いとなります。

総合レベルとして高い完成度を目指すとすれば、各ページで協働する社内関係者も多く、深い巻き込みと厚い協力が必要となり、当然全体の負担も大きくなります。統合報告書のフレームワーク上のいわゆる “規定演技”をしっかりこなす中で、自社の強みや戦略の納得性をどう得られるようにするかが肝になると思います。

一方、メリハリをつけ独自性を優先した個性重視の冊子を狙うのであれば、企画とアイディアが重要となります。どんなテーマを設定し、特にどのページを掘り下げた形で読者に訴えるのか、“自由演技”重視型の制作スタンスでの出来栄え勝負と言えます。

いずれにせよ想定読者の特定および狙う完成度についてのスタンスを決めておくことはスタートとして非常に大切だと考えます。

制作体制のポイントは実務キィパーソンの協力固め

次に社内の制作体制を固める上でのポイントと重要性に関してのコメントです。各社の例を見ると、主管部署主導で関連部門を随時巻き込みながら制作するやり方と、制作委員会方式で最初から各部門の担当者に代表メンバーとして入ってもらって進める方法の2つの代表的な制作体制に大別できるのではないでしょうか。

主管部署主導の場合も、その都度関係者に相談しながら進める場合と、あらかじめ各部署の窓口を決めておき、その窓口の担当者にとりまとめを担ってもらう前提で編集進行する場合など、巻き込み方も色々あると思います。会社の規模や部署間の緊密度にもよりますが、大切なポイントは関係する部署の実務のキィパーソンにあらかじめ協力の合意を得ておくことです。

部署間の合意形成は関連の部門長と行っておくことは必須でしょうが、それ以上に実際の実務を担うスタッフの巻き込みが重要であり、関わる実務者の動き方如何で成否が決まるといっても過言ではないと思います。部門長の合意があってもその部署の実務者の指名が不明確であると、制作主管部署が他部門内の調整を行う必要が出てきたりして上手く機能しない場合もあり得るからです。

制作委員会方式についても、各部署からの代表メンバーは実働上のキィパーソンであることが必須であり、持ち帰って部下に下ろすようなやり方ではなく自身で執筆まで出来るレベルの実務者であることが求められると考えます。さらに可能であれば委員会メンバーの適任者を制作主管部署側から指名できるくらいのコネクションがあれば理想的ではないでしょうか。

経営トップの関わりの本気度が成功の鍵

そして最も重要な事前の社内固めは、経営トップの関わりと考え方の確認、別の言い方をすれば経営トップの統合報告書制作についての本気度のコミットメントです。

統合報告書の記事の中で最も読まれ重要視されているのがトップメッセージというのは読み手にとっても、作り手にとっても常識となっています。

それは、統合報告書を企業の将来を語り得る自由な媒体であると位置づけた時に、最もそれを表現し得るページであると共に、最も各社の違いが現われるページだからではないでしょうか。統合報告書が、統合思考経営の実像を示すものとして期待されているとしたら、それは経営を語ることと同義であり、かつ経営者がどんなヒトで、何を大切にし、何をどう目指し実現しようとしているかを表現できるのは唯一トップメッセージだけです。

従って、真っ先に読みたくなり期待に違わないトップメッセージが必ず掲載されている、あるいはトップが毎回自ら執筆している統合報告書が、冊子全体としても高い評価を得ているのは当然だと思います。

トップが自分の言葉で考えを直接外部に伝える機会は、実は良く考えると意外と少ないのではないでしょうか。経営者が自社の経営と将来を語ることは必須の責務と考えます。であればこそ、積極的に経営の方向性や哲学を語ってもらうことは統合報告書の不可欠な要素です。

そのためにトップが統合報告書の発行についてどう考えているかをしっかりと確認し、制作・編集を全面支援してくれるよう、実務者任せではない関与の本気度を得ることが、最初の統合報告書制作を成功に導く大切な最短路と信じます。(了)

内田 泰(うちだやすし)

元機械・自動車部品メーカー IR・CSR室長

計3カ国15年の海外駐在後、2006年からIR・CSR部門の実務責任者を15年間担当

2016年に初の統合報告書を発行

WICI統合リポートアウォード 優秀企業賞(2016~2018)、優秀企業大賞(2019)

日本IR協議会 IR優良企業賞(2016)

Institutional Investors誌 Machinery部門 IR Professional 上位選出多数

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