日本IR協議会と日本経済新聞社が共催する「IRカンファレンス2025」は、「高度化する経済と資本市場~IRの果たす役割」を総合テーマに、2025年12月19日(金)に東京・大手町で開催されました。会場参加とオンライン参加によるハイブリッド形式で実施され、基調講演、表彰式、パネルディスカッションに加え、IR支援企業などによる分科会も行われました。
統合思考経営にとって理念やパーパスの浸透は最重要課題のひとつです。本分科会では、統合報告書の制作を通じてパーパスをブランディングする方法を探りました。サステナビリティ経営や統合報告が注目を集める中、企業に求められているのは、単に「パーパスを掲げる」ことではありません。パーパスを経営・戦略・現場の意思決定に結びつけ、価値創造ストーリーとして社内外へ一貫して語れる状態をつくることが重要です。
本セッションでは、パーパス浸透と統合思考経営の関係、浸透がうまくいかない企業に共通する落とし穴、実装装置としての統合報告書の活用可能性という3つの論点から、富士フイルムホールディングス、エスエムオー、ウィルズの知見をもとに議論が行われました。
ファシリテーター:
山本 章代(ウィルズ 常務取締役・コーポレートコミュニケーション本部長)
パネラー:
松永 麻衣子氏(富士フイルムホールディングス コーポレートコミュニケーション部 ブランドマネージメントグループ マネージャー)
齊藤 三希子氏(エスエムオー CEO)
間宮 孝治(ウィルズ コーポレートコミュニケーション本部CCソリューション部 事業企画グループ長)
オープニング:本日の論点整理
山本(ウィルズ)
本セッションでは、統合思考経営にとって『理念やパーパス浸透』がなぜ重要なのか、浸透がうまくいかない企業の落とし穴、さらに“実装装置としての統合報告書”の可能性について掘り下げたいと思います。まずは、富士フイルムさんのパーパスについて、ご紹介いただければと思いますが。
(富士フイルム パーパスコンセプトムービー)
パーパス浸透と統合思考経営の関係
富士フイルムのパーパス策定背景~「旗印」の必要性
松永(富士フイルムホールディングス)
策定の背景からお伝えしますが、当社は写真事業から事業ポートフォリオ転換を進め、多角化とM&Aが進み、世界中で従業員が増える中で“旗印”が必要になっていました。創立90周年を機に理念を見直し、パーパスとしてまとめたのが「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」です。企業理念とビジョンを整理し、覚えやすく、行動しやすい言葉にまとめました。そして、浸透の核に置いたのが「アスピレーション(志)」です。従業員一人ひとりが、“こうなったらいいな” “こうなりたい”という志を持つことがパーパス実践に繋がるイノベーション創出の原動力になると考えています。
山本(ウィルズ)
富士フイルムさんのコンセプトムービーを見るたび、グッときてしまうのですが、ムービーの他にもたくさんのコミュニケーションツールを作られていますよね。
松永(富士フイルムホールディングス)
浸透にあたっては、全従業員向けに「パーパスマガジン」というパーパスの策定経緯や込めた思い等を解説したタブロイド判の冊子を配布しました。また、社長が「世界中の従業員にパーパスを自分の言葉で伝えていく」と自ら宣言し、出張先でパーパスをテーマに従業員と対話するイベントを続けています(2026年12月時点で計32回開催)。さらに、役員・部門長・グループ会社社長にも「自分の言葉でパーパスとアスピレーションを語ってもらえるように」という目的で、パーパス・ワークショップを早い段階から実施しました。トップダウンだけでは“やらされ感”になってしまうので、従業員や各職場が自発的に活動したストーリーを各国から集め、社内で広く紹介しています。パーパスそのものを説明するだけでなく、パーパス体現する従業員のアスピレーションのストーリーを伝える方がより共感の輪が広がりやすいと感じています。

トップコミットメントの重要性
山本(ウィルズ)
富士フイルムさんのように浸透活動が上手くいくケースもありますが、壁にぶつかる企業も多いのではないかと思います。その違いはどこにあるのでしょうか?
齊藤(エスエムオー)
トップのコミットメントは浸透度合いに大きく影響します。富士フイルムさんは熱量が高く、例を見ないほどです。また、浸透が進む組織には「楽しく動ける仕掛け」や「クリエイティブを使った体験設計」があるといいます。
たしかに、プライム上場企業でパーパスを明確に定義して発表している企業は増えています。ただし、経営に活かせているかは別問題です。統合報告書でも、CEOメッセージにはパーパスが出てくるものの、その後のページでは消えてしまうなど、戦略や現場の活動とつながりが薄いケースが多く見受けられます。
パーパス浸透が進まない企業の落とし穴
「策定して終わり」「イベントで終わり」による接続不全
齊藤(エスエムオー)
策定して終わり、社内イベントで終わり、というケースは多いです。理念・パーパス・ビジョンと、中計・戦略・現場が切れてしまうことが問題であり、解決には「経営者ワークショップで役員が自分事として落とし込む」プロセスが有効です。また、若い世代に刺さらないという相談も多く、「言っていることが良くても現代的でないと共感されない」ため、言語のプロの力を借りて言葉を磨く必要があるといいます。

間宮(ウィルズ)
SMOさんのPURPOSE STATEMENT LISTを毎年楽しみにしております。パーパスは、他社と比べるものではないものの、元コピーライターとして、一気に並べて読むと、言葉の巧拙の差は確かに存在していると思いました。

経営と従業員との対話の必要性
松永(富士フイルムホールディングス)
浸透にあたっては、決して全従業員の理解・共感を最初から獲得できたわけではありません。写真に関連する事業は”笑顔”というパーパスのキーワードとつながりやすい一方で、BtoBなどの事業によっては「自分の仕事とどうつながるのか」という理解にはグラデーションがありました。その際に鍵になったのが「対話」です。一方的に本社から情報を流すのではなく、社長を筆頭に役員・部門長や事務局メンバーが現場に出向いて直接対話し、従業員からの質問に真摯に答えていく。その積み重ねで理解や共感が深まっていきました。
山本(ウィルズ)
昨年、富士フイルムさんの統合報告書の制作支援をさせていただきましたが、パーパスというものを軸に、やはり統合思考経営というものは進化していくのだろうなと感じています。
最後に:これからのストーリーテリング
山本(ウィルズ)
冒頭のウィルズの紹介でも、AIで統合報告書を生成するサービスをご紹介しましたが、パーパスの策定やストーリーづくりについても、今の時代らしいアプローチがあるのではないかと思います。そのあたり、一言ずついただければと思います。
参照:投資家との活発な対話を促す、ウィルズが掲げる「共創プラットフォーム構想」とはhttps://www.advertimes.com/20250926/article515878
松永(富士フイルムホールディングス)
AIの進化で世の中の同質化が進む中で、“自分たちらしさ”をどう伝えるかが大きな差別化ポイントになると考えています。世の中との主要なタッチポイントである従業員一人ひとりがパーパスにつながる形で自分の仕事を語れる状態をつくることが出来れば、企業にとってそれほど強いことはないと思います。統合報告書の制作においても、 IRや広報の担当者だけが一生懸命社内のストーリーを探したり考えたりするのではなく、現場の従業員からパーパスに結び付いた様々なストーリーが自然に上がって発信できるようになる状態を目指していきたいです。
齊藤(エスエムオー)
私は『20年後はブランドしか残らない』と言っています。20年後も残る企業は今と同じことをしておらず、強いブランドしか生き残れない時代である以上、パーパスや志は「策定して浸透すれば終わり」ではなく、成長し続ける組織をつくるためのものだといいます。
間宮(ウィルズ)
AIでパーパスの言語化が進展する可能性はあります。資料や対話量、暗黙知を大量に入れることで、確からしい言葉にたどり着くこともあり得るでしょう。一方で、「腹落ち感」や「作って終わりではない」状態をつくるのはAIだけでは難しく、人が担う領域です。だからこそ、生成の過程においても、多様なインプットから企業文化とも言えるコンテクストを形成することが重要です。
質疑応答:「笑顔の回数」をどう作ったか
参加者
『笑顔の回数を増やす』の“回数”という発想は誰のアイデアでしょうか。どんな議論で生まれたのでしょうか?
松永(富士フイルムホールディングス)
最初から”笑顔”というキーワードが出てきたわけではありません。各事業の経営層や現場従業員に幅広くインタビューした内容をもとに、プロジェクトメンバーで論点やキーワードを整理し議論したのですが、最終的に「幸せ/笑顔」「変革/イノベーション」「技術力」の3つの要素に絞り込まれ、”笑顔”を中心におこうと決めました。写真を撮るときの「はい、チーズ」から発想が生まれ、写真事業で今までたくさんの笑顔を生み出して来たよね、それだけではなくBtoB事業でもお客様の笑顔やその先の社会の笑顔を生み出して来たのでは?と発想が広がり、このパーパスに決まりました。。
山本(ウィルズ)
ご質問ありがとうございました。このパネルディスカッションを少しでも皆様のご参考になればと思います。本日はどうもありがとうございました。
<プロフィール>
松永 麻衣子氏
富士フイルムホールディングス コーポレートコミュニケーション部 ブランドマネージメントグループ マネージャー
2006年入社。入社時から宣伝部に所属し、約10年前からはブランドマネジメントを中心に担当。パーパスの策定・浸透施策展開や、ブランドガイドラインの制定・運営管理などを行っている。
齊藤 三希子氏
エスエムオー株式会社 代表取締役株式会社電通に入社後、電通総研への出向を経て、2005年に株式会社齊藤三希子事務所(後にエスエムオー株式会社に社名変更)を設立。「本物を未来に伝えていく。」をパーパスとして掲げ、企業価値を高めるパーパス・ブランディングを日本でいち早く取り入れる。慶應義塾大学経済学部卒業。2021年7月『PURPOSE BRANDING〜「何をやるか?」ではなく「なぜやるか?」から考える』、2024年 9月『企業が成長し続けるための7つのステップ パーパスの浸透と実践』を出版。一般社団法人社外取締役女性ラボ(通称シャガラボ)理事。株式会社バルカー、株式会社ハイデイ日高、株式会社東和銀行の社外取締役を務める。
Mikiko Saito
SMO Inc. CEOAfter starting her career at Dentsu Inc. and completing a temporary assignment at Dentsu Institute, Saito founded Saito & Co. (later changed to SMO Inc.) in 2005. She does brand consulting and trend creation work to gauge the essential value of products and assess their performance in the marketplace. Saito graduated from the Department of Economics of Keio University. She is an author of a book “Purpose Branding” published in 2021, and the latest book “パーパスの浸透と実践” published in 2024.


