IFRS財団が公表した「マネジメントコメンタリー」は、企業が投資家にビジネスモデルや将来見通しを伝えるための国際的な指針です。本記事では、背景やサステナビリティ開示との関係、改訂のポイント、実務で活かせる開示項目とヒントを解説します。
IFRSのマネジメントコメンタリーとは(目的・背景)
マネジメントコメンタリー(Management Commentary)は、経営者による分析や、将来予測情報及び非財務情報などにより財務諸表を補完するもので、IFRS国際財務報告基準(IFRS)に準拠する説明資料です。
企業の戦略、競争優位性、主要なリスクと機会、資本配分方針といった情報が、将来のキャッシュフローや企業価値にどのように影響するのかを、経営者自身の視点で説明する役割を担います。マネジメントコメンタリーは、ビジネスモデル、外部環境、戦略、業績分析、将来見通しを一貫したストーリーとして提示することで、投資家が財務諸表の数値を文脈の中で理解できるようにするものです。
各国で行われてきたMD&A(Management Discussion & Analysis)は国ごとに名称や記載範囲が異なり、比較可能性が乏しいという課題がありました。日本では有価証券報告書における「経営者による財務・経営成績の分析(MD&A)」が該当します。
サステナビリティ情報開示との関係
グローバルな課題の顕在化や不透明な情勢が続く中、気候変動、人材戦略、サプライチェーン、ガバナンスなどの非財務的要素が企業価値に大きな影響を及ぼすようになり、投資家は、短期的な財務指標だけでなく、企業の持続可能性や中長期的な価値創造能力をより重視するようになりました。そこでIFRS財団は2021年にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)を設立し、2023年6月26日にISSBが、IFRSサステナビリティ開示基準として、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(IFRS S1)、IFRS S2号「気候関連開示」(IFRS S2)を公表しました。これにより、サステナビリティ関連情報を投資家が活用しやすい形で標準化する枠組みが整いました。
マネジメントコメンタリーは、これらの基準に基づく情報と財務諸表とを統合的に提示するためのフレームワークとして設計されています。たとえば、温室効果ガス削減計画や人材への投資が企業の財務見通しや資本配分にどう影響するかを、戦略や業績と結び付けて説明できます。
さらにIFRS財団は2025年6月にISSB基準との接続性に関するガイダンスを公表し、財務情報とサステナビリティ情報の一貫性のある開示を推奨しました。ここで重要なのは、情報を単に並べるのではなく、企業の長期的価値創造ストーリーの中で位置づけ、投資家が将来のリスクと機会を適切に評価できるようにすることです。
改訂の理由、背景
2010年に公表されたPractise Statement 1は当時の要請には応えていましたが、ESGや長期的視点に基づく情報は十分ではありませんでした。企業間で開示の深度に差があり、比較可能性が損なわれていたことも課題でした。
IASBは2017年に改訂プロジェクトを開始し、2021年に公開草案ED/2021/6を公表しました。草案では、ビジネスモデル、外部環境、戦略、ガバナンス、業績、将来見通しの6領域に分け、それぞれに開示目標を設定するアプローチを提示しました。
コメントプロセスでは、ISSB基準や統合報告フレームワークとの整合性、財務情報との接続性が特に重視されました。IASBはこうした意見を踏まえ、財務と非財務をつなぐ報告を強化する方向で調整を行い、2025年6月に改訂版マネジメントコメンタリーを公表しました。これにより、将来志向情報とサステナビリティ関連情報の開示が体系的かつ国際的に比較可能な形で整備されました。
開示担当実務者へのヒント
改訂版マネジメントコメンタリーは、経営者と投資家をつなぐ主要なコミュニケーション手段として設計されています。単なる義務的報告ではなく、投資家に経営者の視点を理解してもらうための戦略的な情報提供であり、統合報告フレームワークと親和性が高いものとなっています。既に統合報告書を作成している企業にとっては、改めて投資家ニーズを踏まえた財務情報との相互接続性を確認する意味で、統合報告書をこれから作成する企業にとっては、中長期の見通しについて投資家がどのような情報を求めているかを確認するための枠組みとして活用することができます。IFRS準拠により海外投資家への説明力が高まり、価値創造ストーリーを国際的共通言語で再整理し、対話の質を高めるメリットもあります。
改訂版では、以下の6つの内容領域(areas of content)を、統一された事実に基づく一貫したナラティブ形式で提示することが求められています。これは「Facts-based narrative」(根拠に基づいた語り)という観点に重点が置かれています。
【マネジメントコメンタリーに含めるべき項目】
1.ビジネスモデル(Business model) | 企業がどのように価値を創造し、キャッシュを生み出すのかビジネスプロセス、顧客価値提案、収益源などの説明 |
2.戦略(Strategy) | ビジネスモデルを維持・発展させるための経営戦略管理層が追求する機会や成長の方向性 |
3.資源および関係(Resources and relationships) | 戦略とビジネスモデルを支えるリソース(人的、知的、物的など)とステークホルダーとの関係財務諸表に認識されない無形資産も含む。 |
4.リスク(Risks) | ビジネスモデル、戦略、資源・関係に影響を及ぼし得るリスクリスクの性質、程度、管理する方法 |
5.外部環境(External environment) | 市場動向、規制、技術革新、マクロ経済要因、社会・地政学的トレンドなどこれらが企業の業績・見通しに及ぼす影響 |
6.財務業績及び財政状態(Financial performance and position) | 財務諸表を通じて示される結果と財政状態の分析上述5エリアで議論された事項が財務にどのように影響しているかを含める |
参照資料
- “Management Commentary — At a Glance” において、上記6つの内容領域が明確に示されています。IFRS Foundation
文責:株式会社ウィルズ コーポレートコミュニケーション本部