東京証券取引所の調査によると、2020年度の個人株主数は5,981万人と、毎年のように右肩上がりが続いています。個人投資家に長期投資してもらうのは、企業の株価を下支えする観点から見ても欠かせません。IR戦略の中でも個人投資家に向けた広報活動の強化は、企業にとって重要なポイントです。
では、個人投資家はどのような点に着目して投資先を決定しているのでしょうか。本記事では、個人投資家を呼び込むメリットや、個人投資家を意識したIR戦略の方法について詳しく解説します。
個人投資家とは?
個人投資家は、個人で捻出した資金を用いて株式や債券などの金融資産を運用し、将来的に利益を得る投資家のことです。金融機関やネット証券を通じての投資が一般的ですが、投資信託などで金融機関に投資を一任する場合も個人投資家に区分されます。
東京証券取引所の資料によれば、2020年度の個人投資家の数は5,981万人。2010年は4,592万人でしたが、10年連続の右肩上がりで増加し続けています。
一方で、法人や個人から資金を集めて金融商品へ投資するのが機関投資家です。多くの場合は法人や個人から委託された資金を運用しますが、自社で専任した投資家に運用を任せることもあります。日本で最大の機関投資家はGPIF(独立行政法人年金積立管理運用独立行政法人)です。年金積立金の管理と資産運用を行っており、運用資産は2020年末で186兆円にものぼります。
個人投資家に属する3つのタイプ
投資家を大きく分けると「個人投資家」、「機関投資家」の2つでしたが、どちらも投資家の種類によってさらに細分化できます。本項では、個人投資家についてより理解を深めるため、「専業投資家」、「兼業投資家」、「トレーダー」について解説します。
専業投資家
専業投資家とは、投資のみで生計を立てている個人投資家を指します。株式投資だけに注力する方もいれば、不動産投資や先物取引、FXや仮想通貨でのトレードなど幅広い手段で資産運用する方も多いです。
収入の全てを投資に委ねているため、常に結果を出し続けなければならないプレッシャーを抱える反面、自身のライフスタイルを自由に設計できるメリットもあります。
生活で生じる全ての支出を貯蓄または運用益で賄うことを踏まえると、最低資金は数千万以上が必要であり、未経験者にとっては少し高いハードルです。専業投資家の年齢層は40〜50代以上に多く、退職金などを資産運用するケースも多いでしょう。
兼業投資家
一方で兼業投資家とは、投資のほかに本業を持っている個人投資家のことです。会社員や公務員、自営業者、アルバイト、専業主婦など、日常生活の合間を縫って投資を行う人を指します。
専業投資家と違って本業収入があるため、投資で資産が減少するリスクをカバーできるのが特徴です。投資で得た利益が本業に加わるため、生活スタイルを大きく変えずに収入をを増加させられます。投資を行う過程で企業の業績や経済動向を調べれば視野が広がり、本業に繋げられるメリットもあります。
生活に必要な資金は本業で賄えるため、生活費の全てを運用益から賄う必要はありません。100円から投資できる投資信託などを選択でき、未経験者でも投資を始めるハードルは低いといえます。
トレーダー
トレーダーは、企業の価値に着目せずに現在の株価に焦点を当てて投資する個人投資家のことです。投資とトレードは株や債券などの金融商品を購入して利ざやを稼ぐ行為である点は同じです。焦点を当てる対象が「企業」か「株価」かという点が異なります。
投資家は企業の成長に投資するため、財務諸表やビジネスモデル、業界の将来性などを分析します。業績と比較して割安と判断した株を半年から1年以上、場合によっては10年以上も保有する中長期の投資が基本です。
トレーダーは企業の価値ではなく株価チャートの形に注目するテクニカル分析を行います。「買い」「売り」という市場参加者の心理を読み取って利益を狙うため、企業のビジネスモデルや将来性よりも株価の値動きが大きい銘柄を狙って短期で売買を繰り返します。
個人投資家が増加した背景
東京証券取引所が発表した「上場企業の株式分布状況調査」によれば、2020年の個人株主の数は5,981万人と過去最多を更新しており、保有額も「個人・その他」が125.5兆円と前年度よりも35.1兆円増加しました。
2020年1月~3月以降は新型コロナウイルスの感染拡大を背景に世界経済が停滞するなかで、個人オンライン投資が20年1~3月期を境に急増しています。業界最大手のSBI証券では2014年3月期から口座数が右肩上がりで推移していて、2020年12月には600万口座を超えました。
要因としては、株価の急落と市場混乱の早期収束によって株高期待が高まったことが1つ。2020年3月にかけて株価が急落したものの、各国政府の迅速な対応もあって2020年4月以降は急激に回復に向かいました。株価の割安感に上昇期待が加わり、投資意欲が増したことで個人投資家の流入につながっています。
新型コロナ以前から根強い老後の生活不安が高まったのも要因です。日本証券業協会「個人投資家の証券投資に関する意識調査報告書」によれば、有価証券の購入目的は「老後の生活資金」の割合が最も高くなっています。加えてNISA(少額投資非課税制度)の定着も個人投資家の増加を後押ししました。NISA口座の開設者は57.5%で、今後申し込む予定である8.2%を含めると65.7%に達しています。
参考:個人株主、過去最多の延べ5981万人 株高で取引活発
参考:「コロナで巣ごもり投資が増えた」は本当か?
個人投資家を獲得する企業のメリット
ここでは前章の「個人投資家が増加した背景」をもとに、個人投資家を獲得するメリットを解説します。
ファン株主による株の長期保有
一般的に個人投資家が保有する株式は少なく、保有期間も不安定です。安定した株主とは考えられていません。個人投資家に長期保有してもらうためには、株主を自社製品の消費者になってもらうのが大切です。自社の製品を頻繁に利用する消費者なら価値を実感しやすく、株主企業のファンになってもらえば長期保有と安定した株主の確保につながります。
ファン株主を増やして成功している企業が「カゴメ株式会社」です。企業理念である「開かれた企業づくり」をモットーに、ファン株主を増やす取組を行っています。ファン株主向けのイベントとして野菜生活ファームや工場の見学会、東邦ガスと共同企画の料理教室などを開催しているほか、10年以上保有した株主にはオリジナル記念品を進呈しています。
2001年からは「ファン株主10万人づくり」の取組を始め、2020年度の個人株主は約18万人まで増加しました。そのうち42%の株主が10年以上の長期保有者です。さらに67%が今後10年以上にわたって株式を保有する予定と回答しています。
株価下落時の下支えになる
市場全体の株価が下がった場合でも、会社自体の基盤(ファンダメンタルズ)が強固であると判断されれば割安感に敏感なバリュー投資家が買い支えてくれます。長期保有してくれるファン株主を増やせれば、市場全体の株価下落時に株価を下支えしてくれる存在になるでしょう。
経営方針の独自性を保てる
個人株主は機関投資家と異なり、運用できる資金に限りがあります。1人の投資額が少ないため、大株主になるケースは少ないです。
多くの個人投資家に株式を長期保有をしてもらえれば、一部の大株主の意見に影響されないメリットがあります。長期的な成長を見据えた独自性ある経営判断を行いやすくなるでしょう。個人投資家の意見に配慮を見せれば株主を重視していると市場に判断されて、さらに買いが増えて株価・時価総額が上昇します。
株式時価総額が上昇することで、敵対的な買収を防ぐ効果も期待できます。
個人投資家と良好なコミュニケーションを構築するなら『IR-navi』
個人投資家に向けたIRの取り組み方
ここでは、企業がどのようなIR戦略で個人投資家を獲得すれば良いかを解説します。
理念や戦略、経営状態などの徹底した情報開示
個人投資家を獲得するための重要なIR戦略は「情報の開示」です。
企業理念・戦略によってどのように経営が行われて経営状態はどうなったのか、今後は中長期でどんな施策を行うのか等の情報を持っているのは企業です。個人投資家は事業内容・会社の将来性が分からないうちは投資を行いません。IRサイトを単なるリンク集にするのではなく、企業の中身をより深く知られる内容にすれば、決算短信や説明会資料を理解しやすくなります。
最近では個人投資家に向けて「自己紹介型」と呼ばれるIR情報が増加しています。初めて訪れる個人投資家に対して何をしている会社か、何を目指すのかをアピールして企業を理解してもらい、投資を呼び込むためのサイトです。
個人投資家説明会やプレスリリースを配信する
IR活動の一環として、個人投資家向けの説明会を実施するのも有効です。
新規の個人株主へのアプローチにつながり、既存株主に対しては最新情報を提供する場にもなります。個人投資家にとっては社長やIR担当役員の生の声を聞き、直接質問ができる貴重な機会です。
新しい情報があった場合や改善・改定などの取組が発生した場合は、プレスリリースの発行も検討しましょう。
プレスリリースを発行すれば、企業の新情報がメディアに掲載される可能性が上がります。第三者の目線で情報発信されるため、広告よりも世間の信頼性が高い情報提供が可能です。投資先を探している個人投資家は、投資先を探す際にもプレスリリースを活用しています。成長性や新規性が個人投資家の目に留まれば投資のきっかけになります。
PDF資料のアーカイブだけではなく、わかりやすく情報を整える
個人投資家説明会などの個人向けの資料を用意する場合、IR情報サイトのPDF資料を単にアーカイブするだけでは不十分です。投資になじみがない初心者が分かりやすい資料を提供できるようにサイトを整えましょう。
個人投資家説明会やプレスリリース等で商品写真や図が多用された資料を公開できれば、決算資料や決算短信に苦手意識を持つ個人投資家に訴求しやすくなります。分かりやすく個人投資家にメリットを訴求する方法としては、株主優待の導入が効果的です。「個人投資家の証券投資に関する意識調査報告書」によれば有価証券に興味・関心を持ったきっかけとして、「株主優待があることを知った」と答えた人は34.9%と、「今の収入を増やしたいと思った」の33.4%を上回っています。
自社で優待を用意できないケースでは、株式会社ウィルズが提供する「プレミアム優待クラブ」の導入が効果的です。株主は会員専用サイトであるプレミアム優待クラブに登録し、保有株数や期間によって増加する「優待ポイント」と企業とのコミュニケーションで付与される「コミュニケーションポイント」の両方を取得できます。
企業にとっては魅力的な優待の提供による個人株主の増加と、長期の安定保有を促進できる点がメリットです。電子版の事業報告書やIRニュースを株主に配信できるなど、IR戦略の一環としても利用できます。
参考:個人投資家の企業選択、PRの成果が大きく影響
個人投資家を獲得して安定株主を増やそう
本記事では、個人投資家の概要や企業が獲得するメリット、獲得するために必要な施策について具体的な事例を交えながら解説しました。
個人投資家向けのIRコンテンツを拡充させれば、株価の長期安定やファン株主の増加が期待できると納得いただけたのではないでしょうか。単にIR情報を掲載するだけでなく、企業の自己紹介や歴史を紹介するオリジナルサイトを作成しましょう。図や写真を多用する初心者向けの資料を広く公開すれば、企業に投資する人も増加してくるはずです。