最近は長期保有株主を優遇したり、株主優待の内容をグレードアップする企業が目立ちます。株主優待のファンが多い企業が、インセンティブをつけることで強力な安定株主の確保へと繋げています。
野村IR「知って得する株主優待 2021年版」企業アンケート報告書によると、株主優待を導入する企業数は年々拡大しており、2020年12月までに全上場企業の36.4%が株主優待を実施しています。2011年の27.7%から10ポイント近く上昇しました。その一方で「導入を検討したい」との回答は減少しています。
要因としては前年まで長期保有優遇型の株主優待を検討していた企業が、この1年で導入に踏み切ったからです。実際に導入済みと回答している企業の過半数が長期保有株主の増加という効果を確認しています。
そこで今回は株主優待を導入して株の長期保有施策を検討している企業に向けて、長期保有の株主に対して企業ができる優遇策や、株主優待を利用して長期保有する具体的な施策について詳しく解説します。
株の長期保有とは
株の長期保有とは、1年以上株を保有することを言います。長い場合は10年以上保有することもあります。資産を保有し続けることで配当金や株主優待で収益を得るインカムゲインと、保有している資産の価格が変動することで得られる売買差益のキャピタルゲインがあります。
企業としては株主に株を長期保有してもらうことで、短期売買で株価が大きく変動したり、乗っ取りを企む投資家に株を買い占められるリスクを軽減できるメリットがあります。企業はいかに株主とWinWinの関係を築けるかがポイントです。
長期保有の株主に企業ができる優遇策
今現在自社に投資をしている株主に対して、今後も継続して投資をしてもらうために企業ができる優遇策について詳しく解説します。
複数議決権種類株式の発行
複数議決権種類株式とは、1株に複数の議決権を付与する株式のことです。
例えば、トヨタ自動車株式会社ではAA型種類株式を長期保有の株主に2015年7月24日に発行しました。AA型種類株式は、中長期的株主層の形成、研究開発資金が業績に寄与する期間と投資期間を合わせた投資期間の提供を目的とした譲渡制限付非上場の株式です。
AA型種類株式発行後、投資目的に沿った開発成果が上げられたとして残存分の取得を決め、シェアリング、自動化、コネクティッド、電動化といった「CASE」と呼ばれる新領域への投資、次世代環境車の開発など未来への投資が推進されモビリティ社会への礎を築きました。
また、ソニー株式会社の子会社であるソネットエンタテインメント株式会社は、業績連動型株式のトラッキングストックを発行しました。当該株式の配当は子会社に連動し、議決権はソニーの普通株式と同様にしました。(当該種類株式は現在全て普通株式となっています)
このように、事業者は複数議決権種類株式を発行することで資金調達がしやすくなったり、譲渡制限付株式や取得条項付株式、全部取得条項付株式を発行することで、種類株式の権利内容によっては、会社経営の介入を防止できるメリットがあります。
フロランジュ法
フロランジュ法とは、正式名称を「実体経済回復のための法律2014-384号」といい、雇用の安定と国内産業の保護を図ること、長期保有株主の議決権を2倍にして優遇することが目的の法律です。労働者保護の「労働法的側面」と株式会社を規制する「会社法的側面」があるのが特徴です。
フロランジュ法が成立する前は、長期保有株主に対して1株に月2票の議決権を付与できましたが、フロランジュ法が成立後は2倍の議決権を株主名簿に2年以上登録されている株主に付与することになった歴史があります。
また、2倍議決権株式の導入は日産株式会社とルノーとの関係に影響がありました。フランス政府はルノーの株式を買い増し議決権行使を認め、ルノーは株主総会においてフロランジュ法の適用を排除できず、長期保有株に対する2倍議決権が適用された事例があります。
ロイヤルティ株式
ロイヤルティ株式とは、予め定められた期間内に株式を保有した株主に対し、優遇策として報酬が与えられる施策のことです。ロイヤルティの報酬には様々な種類があり、フロランジュ法では長期保有株主に対し追加的議決権を報酬として与えられます。その他にも、株式や配当などを報酬として与えられます。
一般的なのはロイヤルティ期間経過後に、予め定めた一定の価格で追加的株式を購入する権利を付与されるものです。このように一定期間保有した株主に報酬を与えることで、長期投資を促進するのがロイヤルティ株式の目的です。
例えば、ミシュランは数年配当のカットが続いた後、この配当に関してのロスを埋め合わせるために10株につき1株の割合でコール・ワラント(発行者が一定数量の条件付きで有価証券を発行する権利契約)を発行した事例があります。
ロイヤリティ配当
ロイヤリティ配当とは、ロイヤリティ期間が経過した後、追加的な配当を受け取れる制度のことです。このロイヤリティ配当を導入するには条件があり、少数株主の保護のため株主総会で3分の2の賛成があれば導入可能です。
上場会社では個々の株主がロイヤリティ配当を受け取れる株式数は資本金の0.5%という上限があります。そのため、ロイヤリティ配当は多くの株式を保有する機関投資家ためのものではなく、一般の個人投資家向けのコミュニケーション手段のためのものです。
このロイヤリティ配当を導入している企業は、調理器具メーカーのセブ(SEB)、フランス電力会社(EDF)、日本の農林中央金庫に相当するクレディ・アグリコ(Crédit Agricole)などの企業がロイヤルティ配当を行なっております。
種類株式
種類株式とは株主の権利内容について、会社法に基づいて特別な条件を付けた株式のことです。基本的に普通株式は株式平等の原則に則り、株主の権利内容を限定しませんが、種類株式は普通株式より優先的に取り扱う株式になります。
例えば、1単元の株式を長期保有の株主に発行するA種類株式については1株、短期保有投資家にはB種類株式について100株とし、「A種類株式は1株で1議決権」「B種類株式は100株で1議決権」。議決権行使の条件は一定の年数株式の継続保有について要求し、長期保有株主を優遇する施策を立てることが可能です。このように企業は中長期保有株主に対して議決権または配当面で優遇する種類株を発行することが可能です。
株主優待の長期保有施策の効果
実際に株主優待を利用することで、長期保有施策が将来の自社の株式の企業価値に与える影響はどのようなものなのか、具体的なメリットについて解説します。
個人株主は株主優待の長期保有施策で増加する
株主優待は株主が長期保有で追加の優遇を受けられるように緻密に設計されているため、優待に魅力を感じた個人投資家が増加するメリットがあります。特に株主優待に保有期間条件のある場合は、個人株主を定着させる傾向があります。
しかし、そのことが逆に株主の固定化を招き流動性の低下に繋がる可能性もあります。
優待目的で株式を保有する個人投資家は、企業業績にあまり注意を払っていません。そのため、株主優待を利用すればシンプルに個人株主が増え、株の長期保有者が増加する可能性が高まります。
長期保有施策が将来の株式の流動性に与える
株主優待の長期保有施策を導入すれば、個人株主が増加し株式の長期保有者が増えることで安定株主を形成できます。経営陣の合意なく買収されることがなくなるため、敵対的買収の防衛ができたり、株の長期保有者が増えることで経営の安定化が期待できます。
また、個人投資家にもメリットがあり、保有株式が多いほど市場での売買が少なくなるため株価の安定に繋がったり、事業の業績が向上すれば株価も上昇する可能性があります。このように、株主優待の長期保有施策と個人株主の動向が将来の市場流動性に強く影響を与えます。
最近では株主優待に力を入れる企業が増え始め、野村インベスター・リレーションズ(野村IR)によると長期保有の株主を優遇する企業は年々増加傾向にあり、2015年8月末時点で177社が導入しています。優待を導入する1262社中、長期優遇を行っている企業は約14%を占めています。
株主はキャピタルゲインを期待して集まる
投資上級者は値上がり益(キャピタルゲイン)を期待するケースが多いです。投資家の割合としては上級者が市場参加者の1割程度、中級者と初級者が9割程度を占めていると言われています。従って企業価値向上や長期保有の株主を増やすことが目的の場合、投資上級者を優遇するよりも、中級者と初心者向けに株主優待の長期保有施策を講じた方がメリットが大きいです。
では企業が投資初心者を集めるにはどうすればいいのでしょうか。有効な施策として代表的なのが、株主優待の実施です。魅力的な株主優待にすることが多くの投資家を惹きつける方法の一つです。
株主は業績より株主優待の長期保有優遇を優先する
個人株主の増加と売上高が伸び悩んでいる企業との関連を見ると、個人株主は企業の業績よりも、目先の利益である株主優待の長期保有施策の魅力を優先する傾向があることが、「株主優待の長期保有施策の効果」というデータから分かっています。
個人株主の増加に繋がっていることは、企業にとっては大きなメリットしかありません。株主優待の導入は個人株主とのコミュニケーション手段や関係強化を目的として導入する企業が年々増えているので、長期保有施策として株主優待を検討してみましょう。
参考:日本ファイナンス学会 第 29 回大会 報告論文 株主優待の長期保有施策の効果
配当に積極的な企業が導入している
株主優待の長期保有施策を導入している企業は、長期保有の個人株主を集めることを目的としているため、株主還元策をとっています。
しかし、個人株主を優遇するだけでは機関投資家に対して不公平になってしまうため、全ての株主が対象となる方法である、配当による株主還元も同時に行なっています。
従って株主優待の長期保有施策に関しては、配当に積極的な企業が導入しており、株主に対して平等な施策を講じることができるのが株主優待のメリットの一つでもあります。
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株主優待を利用して長期保有してもらう施策を紹介
個人株主がどうしたら自社の株主になってくれるのか、株主優待を積極的に利用して長期保有をしてくれるのかについて、具体的な施策について解説します。
機関投資家やアナリスト(株主)とコミュニケーションを図る
株主や投資家とのコミュニケーションを図ることで、中長期的な企業価値の向上と持続的な成長に役立つことができ、結果的に長期的に株を保有してくれるようになります。
具体的な施策としては、株主や投資家と対話のための活動ができる専門部署であるIR・SR部署を設ける。また、対話から得た意見や要望について、経営陣や取締役会に適時報告し経営活動や事業運営に活かすなどの施策が求められます。
このように株主や投資家に向けて、積極的な情報開示とコミュニケーションを様々な方法を用いて強化していくことで、多くの株主や投資家に信頼されるブランドの価値向上を図ることができます。
会社の事業をより詳しく知ってもらう
個人投資家が企業の株主になる大きな理由は、株主優待や配当に魅力を感じているからです。そこで企業ができる施策として、企業が株主に自社製品やサービスを積極的にアピールすることが大切です。
なぜなら、多くの個人投資家は企業について細かく調査することなく、「知人に勧められたから投資をした」「知名度が高く誰もが知っている企業だから投資をした」という理由で投資をする株主が多いからです。
このような個人投資家に向け、企業の製品やサービスを利用してもらえれば、事業内容をさらに理解してくれて、商品やサービスを気に入ってもらえれば継続的に利用してくれたり、株を長期に保有してくれる株主になる可能性が高いです。
資本効率の向上を図る
一般的な投資家が投資対象とする銘柄は、基本的に資本効率が高い企業です。指標ではROE(自己資本比率)のことをいいます。従って多くの株主・投資家に評価してもらうには、ROE(自己資本比率)を平均よりも上の水準まで引き上げる努力をするべきです。
収益力を向上し付加価値を高めることは企業価値向上、企業の資金調達の多様化や株式市場を通じたパフォーマンスの改善、ひいてはグローバルな競争力を評価した海外からの投資の拡大など、様々なプラスの効果が期待できます。
強固な財務基盤を維持する
株主や投資家は安定した収益構造、健全なバランスシート及び株式が魅力的なバリエーションなどの特徴がある企業は、財務基盤が強固な企業として評価する傾向があります。
財務基盤を評価する指標の一つに株主資本比率があり、この数値の高さは安定した財務状況を示しています。持続的な成長を実現するためには、資産効率性を常に意識しながら経営を進めていくことが株主や投資家に評価されるポイントです。
株主に製品・サービスを使ってもらう
株主が投資先企業の製品やサービスを普段から使用してもらうことができれば、ショッピングモールなどの店舗で見かけた際に立ち寄って優先的に購入する傾向があります。これは株主本人が利用していなくても家族や友人が利用することもあり、株主に自社の製品を実際に利用してもらうことで、さらに利用者の輪が広がる可能性があります。
従って株主優待制度を利用して株主に継続的に商品やサービスを利用してもらえれば、株主本人は投資先企業の商品への愛着がわくため、株の長期保有者が増えます。これは一種のマーケティング施策とも言えます。現金配当にはない大きな特徴です。
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株主優待制度を利用して株式の長期保有者を増加させよう
株主優待の長期保有施策を導入することで、個人株主が増加し企業価値の向上を図ることができる理由について詳しく解説してきました。年々長期保有優遇制度を導入する企業は増加傾向にあり、株主優待を利用して株主や投資家に向けて株主還元を積極的に行なうことが大切です。
個人株主は業績よりも株主優待の方に引き寄せられる傾向があるので、株主優待を利用すれば個人株主が増え、株の長期保有者が増加する可能性が高まります。