アベノミクスの一環で2013年より日銀黒田東彦総裁のもとで異次元緩和策として「2年間で2兆円」規模のETFの購入が始まりました。当時、異例の措置として始まったETF購入は10年が経過した今、年間6兆円とその規模を更に大きくしています。長期間にわたってETF購入が行われたため、市場には日銀が間接的に大株主となっている企業も現れ始めました。
本記事では、日銀が大株主となっている企業をランキング形式で紹介。また、日銀の政策の目的やその成果、今後の動向についても解説します。
「日銀が大株主となっている企業がどんな企業か知りたい」「今後の市場動向を知りたい」方はぜひチェックしてください。
日銀が購入しているETFとは何か
日銀が購入しているETFとは、日経平均株価やTOPIX等の指数に連動するよう設計されている投資信託の一種です。ETFが連動する日経平均株価やTOPIX等の指数は複数の銘柄で構成されているため、ETFの投資対象も複数の銘柄となります。
そのためETFは投資信託と同じように1銘柄に投資するだけで分散投資が可能。もし日経平均連動型のETFを保有すれば日経平均全体に投資を行っているのとほぼ同じ効果が得られます。
また、売買は株式のように相場の動きを見ながらリアルタイムでできます。ETFは株式と投資信託の特徴を併せ持った金融商品と言えるでしょう。
日銀が買い入れているETFとJ-REITの種類
ETFの買い入れは2010年に、当初TOPIXと日経平均株価に連動するETFの購入から始まりました。
2014年にはJPX日経400に連動するETFも対象になり、2016年からは新たに年3,000億円の設備・人材投資ETFの購入が決定しました。
※JPX日経400:資本を効率的に活用していたり、収益率が高かったりと投資魅力の高い企業400社から構成されている指数
※設備・人材ETF:設備投資や人材投資に積極的に取り組んでいる企業の銘柄で構成されているETF
2021年3月には買い入れ方針を変更し、ETFの購入対象を指数の構成銘柄が最も多いTOPIX連動型のみに限定しています。
また、日銀はETFと同時にJ-REIT(日本の不動産投資信託)の買い入れも行っています。(※J-REIT:オフィスビルや商業施設、マンションなどの不動産に投資し、その賃貸収入や売買益が分配される投資信託の一種)
当初の買い入れは500億円程度から始まっており、ETFと比べて買い入れ額は小規模。高格付けの銘柄のみを対象としているため買い付け銘柄が偏りやすいという弊害があります。
日銀が買い入れ対象としている銘柄の選定基準は以下の通りです。
- 格付けAA以上
- 年間の売買日数200日以上
- 年間の売買累計額200億円以上
日銀がETFを買い始めた理由とその狙い
ETFの買い入れは、2010年10月当時の日銀・白川方明総裁時代に打ち出された「包括緩和策」の一環として始められました。
この緩和策の狙いは以下に挙げる2つです。
- 景気刺激
- 物価上昇
それぞれについて以降のパートで詳しく解説します。
景気刺激
日銀があえて前例にないETF、REITの大規模購入に踏み切ることで、景気を刺激する狙いがあったと考えられます。
白川氏が総裁を務めていた当時の日本経済は、デフレ下において円高・株安が進行していました。そのため、従来通りの金融緩和策では不十分だとして従来の国債に加えて、新たにETF・J-REITを買い入れ対象としたのです。
物価上昇
日銀はETF買い入れの目的を「リスクプレミアムに働きかけるため」としています。リスクプレミアムとは、簡単にいえば「投資家がリスクを嫌がる度合い」のこと。
つまり、リスクプレミアムを押し下げることができれば、投資家が積極的にリスクを取るので社会に投資資金が循環し、結果的に物価上昇に繋がるというロジックです。
黒田総裁下の日銀では2%の物価上昇を目標に掲げており、ETFを買い入れることで株価を押し上げ、さらには物価上昇に繋げることを目的としていました。
なぜ買い入れ額は膨らんだのか
2010年に白川総裁下で始まった金融緩和は当初4,500億円規模でした。しかし、10年以上が経った現在では、年間買い入れ上限額は12兆円にまで増加しています。
なぜここまで日銀の買い入れ額は膨らんでしまったのでしょうか?
期待通りの物価上昇が見られなかった
2010年に白川日銀総裁下で始まった当初のETFの買い付けは4,500億円という規模でした。
しかし、黒田総裁に変わるとETFの買い入れペースは一気に倍増し、2013年4月には異次元緩和策としてそれまでの「残高上限2兆1,000億円」から、「年間1兆円」までETFの買い入れ枠が引き上げられました。
黒田総裁は会見で「2%の物価目標達成できるまで、あらゆる手段を講じる必要がある」「量的・質的両面から大胆な金融緩和を進める」と語り、当時は市場にもかなりのインパクトがありました。
しかしその後、物価上昇率が日銀の期待通りに推移しなかったため2014年10月にはETF買い入れ枠を1兆円から3倍の3兆円に増額しました。
また、2016年7月には中国経済の減速に加えて、英国のEU離脱決定による金融市場の混乱に対処するため買い入れ額はさらに倍増され、6兆円となりました。
コロナによる株価急落への対応
2020年3月にはコロナによる株価急落に対応するため、時限的措置としてETF買い入れ枠は年12兆円に増額されました。同じくJ-REITも買い入れ上限を年間900億円から1,800億円に拡大しています。
10年超に及ぶ買い入れの結果、2020年末時点で日銀が保有するETF残高は約35兆円に達し、またコロナによる株価急落時に買い入れ額を増やしたため、経済回復の期待感から株価は上昇しました。
日銀の政策とETF保有の現状
日銀の保有するETF保有総額は、2021年3月末で51兆円を超えています。同月における東証の時価総額は748兆円ですから、日銀の保有する資産残高は市場全体の約6%ほどにあたります。
また、ETFを通じて日銀が間接的に保有している銘柄のうち、日銀による保有シェア10%以上の企業は約70社に上ります。
日銀は2021年3月の政策決定会合でETF買い入れの見直しを打ち出しましたが、市場への影響を考えると保有額の縮小にはかなりの時間がかかりそうです。
日銀が大株主となっている企業ランキング1~10位(2021年3月末時点)
このパートでは日銀が大株主となっている企業をランキング形式で紹介します。
1位:アドバンテスト(保有割合25.2%・4,871億円)
アドバンテストは半導体試験装置で世界トップの実績を誇る電機メーカーです。
同社の手掛ける半導体試験装置は国内はもとより台湾・韓国などアジア向け輸出が好調。増収を続けており、現在では輸出が売上の8割近くを占めています。
東証プライム市場に上場。日経225採用銘柄です。
2位:ファーストリテイリング(保有割合20.7%・19,333億円)
ファーストリテイリングは衣料品の製造・販売を行うユニクロ、ジーユーなどを傘下に持っています。低価格のカジュアルウェアブランドとして 2000〜10年代に爆発的な成長を遂げました。
カジュアル衣料品の企業の中での売り上げは世界3位、時価総額は1位です。
東証プライム市場に上場。日経225採用銘柄です。
3位:TDK(保有割合20.6%・4,086億円)
TDKは日本で初めて音楽カセットテープを製品化したことで知られる電子部品メーカーです。
現在はコンデンサーやPCデータの読み書きを行うHDD用ヘッド、有機ELディスプレイなど電子素材部品の製造を主力としています。
東証プライム市場に上場。日経225採用銘柄です。
4位:太陽誘電(保有割合20.1%・1,359億円)
太陽誘電はスマホや車で使用されるセラミックコンデンサーで世界トップクラスを誇る企業です。
主にスマートフォンやタブレット・自動車・カメラ・テレビなど様々な機器に搭載される各種電子部品の研究・開発・生産・販売を行っています。一般にはCD-R(That’sブランド)などの記録メディアのメーカーとしても有名です。
東証プライム市場に上場。日経225採用銘柄です。
5位:東邦亜鉛(保有割合19.7%・64億円)
東邦亜鉛は亜鉛・鉛・銀の製錬を中心とする非鉄金属メーカーです。鉛では国内シェアNo.1、亜鉛・銀でもトップクラスのシェアを持っています。
鉱山開発から金属製錬までを一貫して手掛けており、オーストラリアには自社鉱山を保有しています。
東証プライム市場に上場。日経225採用銘柄です。
6~10位:トレンドマイクロ・日東電工・日産化学・コムシスHD・東京エレクトロン(保有割合19.3%以下)
- 6位:トレンドマイクロ・・・ソフトウェア開発会社。コンピューターウイルス対策ソフトの最大手企業です。
- 7位:日東電工・・・電気機器製造業。液晶用光学フィルム・半導体プロセス材料・医療用テープ製剤など多角展開しています。
- 8位:日産化学・・・化学工業会社。農薬・電子材料が主力ですが、医薬品開発も手がけています。
- 9位:コムシスホールディングス・・・建設業。情報通信・電気設備工事、情報処理関連事業を行っています。NTT向け情報通信工事が中心。
- 10位:東京エレクトロン・・・電気機器メーカー。半導体製造装置やフラットパネルディスプレイ製造装置などを開発・製造・販売しています。
日銀の株買いによる株式市場への影響・批判
このパートでは日銀のETF買い入れによる市場への影響、またその批判について取り上げます。
「官製市場」化で企業の新陳代謝が遅れる
まず日銀のETF買い入れによる批判のひとつとして挙げられるのが「企業の新陳代謝が遅れる」というものです。
現在、日銀が10年以上に渡りTOPIXや日経平均株価連動ETFを購入してきたことで、東証に上場している多数の銘柄を幅広く・薄く・持つ形になっています。
そのため本来なら上場しているべきではない企業までもが日銀の買い支えによって生き残ってしまっており、産業の新陳代謝を遅らせるといった弊害が指摘されています。
日銀の「株価買い支え」で価格形成に歪み
日銀のETF買い入れ当初の目的は「景気刺激」「物価上昇」でしたが、結果として日銀が日本の株式市場の株価全体を下支え・押上げする形となりました。
相場が下落する局面では日銀がETFを購入するため、市場の安定がもたらされるといったメリットもありますが、その反面、ETFの構成銘柄であれば業績の良し悪しに関わらず買われる状況となってしまっています。
業績が悪化したり、不祥事があったりといった企業でも実態に関わらず買われてしまうことになるため、「日銀の買い支え」は企業の価値を正しく評価し取引を行うといった市場本来の機能に歪みをもたらしたと言えるでしょう。
日銀が「大株主」の異常事態
日銀が保有しているのはあくまでETFであり、株式を保有しているといってもそれは間接保有の形です。企業の株主名簿には運用会社が登録され、直接株主として日銀の名前が出ることはありません。株主総会で議決権を行使するのも運用会社です。
ただし、中には発行済み株式数の20%以上を日銀が保有しているという企業もあり、加えて、ETFの保有残高は東証全体の時価総額の約6%にも達しています。
中央銀行が株式市場の最大の株主というのは、やはり異常な事態と言わざるを得ません。
株価下落時のコストは莫大
株価が堅調に推移しているうちは問題になりませんが、何らかの要因で株価が大きく下落した場合や景気後退局面ではETFに含み損が発生してしまいます。
ETFは投資信託なので買い付け時の手数料だけではなく、ETFを保有している間はずっと信託報酬という手数料がかかります。
もし、ETFを売却できるタイミングがなく「塩漬け状態」になれば、運用資金の中から莫大な手数料が差し引かれ続けることになり、コストが膨らむでしょう。
今後の動向
日銀は、2021年3月の政策決定会合で年間のETFの買い入れ枠の見直しを行いました。
年間の買い入れ額の目標から「原則年間6兆円」を削除し、買い入れ対象銘柄をTOPIX・日経平均株価・設備・人材投資ETFから、TOPIX連動ETFだけに絞って購入することを決定。
ただ、コロナショック対応時に時限対策として打ち出した買い入れ上限12兆円は維持しており、今後も市場の様子を見て柔軟な対応・積極的な買い入れを行う姿勢を見せています。
今後、日銀がETFの買い入れ額を減少させていくと、市場は下支えを失って株価が大きく下落、日本株の空売りにつながる恐れもあります。
日銀が株式市場の混乱を招かないように資産残高を減らして売却を進めるためには、時間をかけた慎重な対応が必要となるでしょう。
市場は大株主の動向に左右される。株主管理は上場企業にとっての重要事項
日本の株式市場の大株主「日銀」の例は極端かもしれませんが、いずれにしても大株主が市場や個別企業の株価に与える影響は甚大です。
どんな株主が自社の株式を保有しているのか、株主とその動向を管理しておくことは上場企業にとって重要なことです。
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